愛とは

とは何か?

 

そんなことを考え始めたのは

 

よく聴く高橋優の曲(誰がために鐘が鳴る)に
こんな歌詞があったから

 

“孤独のホームに並ぶ人々がに飢えている”

 

“孤独の手と手が触れ合えた時には満ちていく”

 

僕が日々ストレスを感じているのは
実際の生活ではそうではないのですが
心の孤独、精神的な孤独
を感じているからではないかと考えました

 

多くの仲間・知り合いのいる日本と違って、スイスでは交友関係がとても少ないです

 

そして、高橋優の曲の歌詞の通りに考えると
“孤独のひとはに飢えている”
ということになります

 

つまり、僕はに飢えていて、孤独なのでは?

となり
愛を求めるようになりました
 
そして
そんなことを考えていて
先日、イタリアでとは何かの手がかりを手に入れました

 

イタリアで購入したエコバック
されたければ、せ」
(日本語があって、ちょっと嬉しかった笑)
と各国の言語で書いてありました

 

それを買う前
スキー後にお邪魔したイタリア人Kさんの奥さんの親戚のお家で
その親戚の方(女性)と英語で楽しく話したのですが
その帰り際、お別れの挨拶のときでした

 

そのとき初対面なのに
ほっぺたにキスする挨拶をしてくださいました

とても嬉しかったです(笑)
自分の感覚では、もう少し親しくしないとしない挨拶なのだと思っていたので、驚きました

 

正しいかどうかは別として
愛を感じました

 

エコバックに書いてある言葉通りに考えれば、僕はその人を愛していた、もしくは愛を与えていたのかもしれません

 

ただ

というものの実態はわかりません

 

“誰かをしたことはあるか?”
するのは何か?”
“どのように愛を表現すればよいのか?”
という疑問があります

 

今まで、誰もしっかりしたことのない僕には“愛”なんて全くわからず、当然その表現方法もわかりません

 

まぁ、この疑問がわかったら
みんなし合えるよな
とは思いますが(笑)

 

スイスに来てから
会ったときにハグをしたり、お別れのときにほっぺたにチューする日本にはない習慣を体感して、少しを感じましたが、これが愛なのかよくわかりません

 

こっちのひとからしたら
“こんなの単なる挨拶に過ぎないよ”
みたいに思っていたりしなかったりしている僕ですが

 

これらの行動は

を感じることの出来る
わかりやすい行動だと僕は思います

 

なので!

帰国後は
多くの人に言葉ではない、身体を使った感情・情表現をしようと思っています
皆さん、しっかり受け止めて下さい(笑)

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