これまでとこれから

これまでとこれから


大変ご無沙汰おります、白井です。

本当に色々ありましたが、その色々を経て今は落ち着いて元気に過ごせています。

 

 

これまで、自分のFacebookなどを通して多くの方々に自分を知ってもらうため、そして繋がって良い物事が生まれていました。

 


大学時代に岩手県を中心に御世話になった方々に、いい報告が出来るようにと岩手を離れても、離れたからこそ、投稿を適宜更新していました。


そう思っていましたが、そんなことも言ってられない特殊なことが起こってしまい、数ヶ月間特に何も出来ずにいました。申し訳ありません。

 

 

今では、環境を変えて、農業という仕事を続けています。ご安心してください(^^;

 

 

今からちょうど一年前になりましたが

 


何が起こったかというと
『農作業中の事故での大怪我』です

 

 

これまでも数回、車や農機具で事故を起こしてしまっていましたが、今回はしっかりその跡が残る、右手小指の切断というものでした。


現在、右手小指がほとんどありません。


また、日常生活に支障はほとんどないものの、他の指は少し可動域に制限が残って、曲げづらい状態です。

 

 

手術、リハビリを含めて約半年療養していました。

 

自分が本当におかしいだけかもしれないですが、不思議と怪我自体はすんなり受け入れられました。

 


一生戻らない、これから先は偏見持たれるこの右手で生きていかなければいけない。こればかりは、どうしようも出来ない。そのような考えです。

 

怪我自体はこんな感じですが
自分のメンタル的なところ、芯、軸のようなところには大きな影響があったように思います。

 

 

事故が起きてからは、今も少しそうですが、時間が止まっているような感覚です。

 

 

もちろん、コロナの影響もありますが、それを踏まえても多くの行動変容があった、あるように思います。

 

あまり積極的に人と話せなくなった
以前より人を信じられなくなったかもしれません。

少し人に対しての警戒心が増えてしまい、話したいことも話せていないことが増えたようです。

 


これは、自分を信じることが難しくなったからかもしれません。

 

現在は少しずつですが、そういったところも改善されているような気もします。


もう2つほどあります。


1つは無理をしないこと

 

当たり前のこと。


なのに、自覚はあったのに、それを無視して、出来なかった。結果が全て。
出来ないことは出来ない。

 

心も身体も共に、少しでも余裕を作っておかなければ何かがあったときには遅いことになる。

そう考えるようになりました。

 

 


もう1つは親との関わりかた

 

大学卒業から社会に出てから、立て続けに事故、小さな怪我、終いには大怪我と親には迷惑と心配ばかりかけてばかりにも関わらず、多く語ることもなく、怒ることなく支えてくれました。


これまでもそうでしたが、本当にこんな自分で申し訳ない気持ちと感謝の気持ちでいっぱいです。

 

なので、出来るときに少しずつ恩を返していこうと考えるようになりました。
今までは、自分は自分だからと距離をとってましたが(^^;

今の自分はこういった感じです(笑)

 

 


これからのことも考えていますが
全然まとまってないので(^^;
ゆっくりまとめていきたいと思ってます!


最後に
もし、今の自分でも話したいという方がいらっしゃいましたら、是非ご連絡下さい👌


自分は元気です、是非!

働くとは?気の緩みとは?  

【働くとは?気の緩みとは?】


気の緩みで小さなミスをしました。

 


そのとき

 

私は

『気の緩み』

とはそもそも何?


と思い

 

 

“気の緩み”をGoogleで検索してみました。

 


その検索結果のなかで

 

面白いと思った記事がこちら👇️

 

https://ameblo.jp/dbj-morita/entry-11172855946.html


ーーーーーーーーーー

 

余裕があるからこそ、動くんです。


ゆっくりと休むのは、余裕が無いときなんです。

 

ーーーーーーーーーー

 

とありました。

 

 

 

常に自分を高めることが出来ている、成長出来ている人は


そうなんだろうなと


人生をまだ24年間しか生きていない私でも、なんとなく思います。

 

 

 

休みのとき、休む。

働くとき、働く。

 


ごくごく当たり前のことですが

 

 


休みは人生の余白部分とも言えることが出来るし
その余白に仕事とは全く異なる、分野の異なる、遊びや趣味、副業などして、動いていれば、人生の幅が広がる。

 

 

幅が広がることによって、本業が相乗効果でより良くなることもあります。

 

 


働いているときは

 

 

仕事が作業となり、こなしがちであったり、本質的なものになっていなかったり、1日1日の仕事している間がそうでありますが

 

 

長期的な目で見れば、この作業が目指している目標に向かっているものなのか?

 

 

そういう考え方が重要だと思います。

 

 

炎天下の外でしっかり農作業していると、気づかないうちに熱中症に近い状態になっていたりすることも最近多くなっているので

 

 

そんな余裕のないときこそ、少し止まる。

 

 

落ち着いているときこそ、しっかり動く。

 


ーーーーーーーーーーーーー

余裕があるからこそ、動くんです。


ゆっくりと休むのは、余裕が無いときなんです。

ーーーーーーーーーーーーー


を意識していこうと思います!

 

 


読んで下さり、ありがとうございました!

 

 

 

 

こちらはドイツのメディアがインスタグラムに掲載した写真。

 

いっぱい働いて、こんなところで寝てしまっては

 

風邪引いてしまいます(^^;



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【人への関心】

【人への関心】   無関心


人はコミュニティに属して、支え合い、助け合い生きていく

とよく言われます。

 


職場

家族

サークル

 

などなど様々です。


私は


人は誰かと常に関わり合っていなければ、生きていけないのかと思っていました。

 

 

しかし、その考えに限界が来ています。

 

 

社会人として
仕事を始めて以来、本当に人に会っていません。

 

 

仕事の特性上

コロナの影響

休みが少ないこと

 

 

色々ありますが、大学生時代毎日自転車、車で動き回っていたころと比べると、普段の生活のなかで、人と会う、話す機会が90%くらい減りました。

 

 

しっかり人と話す機会と言えば

仕事に関わる方々か

 


お互いに高め合おーという岩手な自分を含めた三人組での、勉強会。


でしっかりと話しています


というくらいです。

 

 

 

その勉強会で

 

先日、投稿したHSPについて話になりました。相談しました。


そのなかのTさんの言葉で

 

とても自分に刺さった言葉がありました。

 

この言葉でこのように記事にしているということもあります。

 

 

その言葉は

 

 


『人はほとんど根本的には他人に関心がない』

 

 


少し彼が述べたこととは異なる表現ですが


私なりに解釈した結果です。

 

 

つまり


人は本来、自分以外の他人には関心はなく、利己的な動物であるということです。

 

私はこれまで

最初に述べた

支え合う、助け合うということが当然の当たり前のことだと考えていたので

 

 


その考えは

明確に異なる反対意見でした。

 

その言葉を聴いてから

 


いつまでも待つ受け身の一辺倒は
そりゃー難しいところがある。

 

 

自分に関心あるひとなんていない
という前提で生きよう。

 

 

自分からアピールしないと見てもらえすらしない。

 


そういった考えのもとに

行動しなければと考えました。

 


SMBC日興證券株式会社YouTubeチャンネル

おしえてイチロー先生のコーナー


イチロー


『嫌われるのは大歓迎。一番恐いのは無関心。』


と述べていました。

 


本当にその通りである。


『無関心』それは『人間の死』に等しいことと言っても過言ではないなと納得しました。

 


量は関係なく、なるべく多くの人に関心を持ってもらえるようなことをしないと人は近づいてこない。
それは最悪の場合、社会に必要とされていないことに繋がります。

 

 

そのような状況にならないためにも

 

 

人が、情報が来るのを待つのではなく、拾いにいき

 


時代のニーズに合った面白い人に、物をつくっていきたいと思います。

 


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HSP Highly Sensitive Person

HSP

HSPとは、生まれつき「非常に感受性が強く敏感な気質もった人」という意味で、「Highly Sensitive Person」の略だそうです。

 

 

この動画
https://youtu.be/RjAhzGDIH0E
を見るなど

 


HSPという言葉を知りました。

 

私が最近知った言葉です。

 


以前、他人の感情を異常に受け取ってしまう“エンパス”という言葉をご紹介しました。 

 


私は心配性で、基本的にネガティブ思考です。

 

なので、例えば

 

誰かに文章を送るときには、とても気を使ってしまいます。 

 


元々、日本語力が乏しいということも原因としてありますが、どう伝わるか?こう伝わっていないか?

とても心配になり、結局送らず先送りすることもしばしば。

 


以下の記事に記載されている


https://news.yahoo.co.jp/articles/56fafb9240a8fbf3318edbe047a25ce38f2bce15


HSPの典型的な例で言えば

 

車の運転中

後続車に迷惑がかかっていないとても気になる。

 

という例はとても当てはまります。

 

いつもハザードランプをつけて、抜いてもらってます(^^;


自分のことを
皆さんに知ってもらうことは良いことだと考えているのと

同じように悩む方々の手助けになればと思い、投稿させていただきました。


先ほどのヤフーニュースの記事には

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 繊細さを「いいもの」として大切にし、幸せを増やすためには2つのポイントを意識。

 

1) 成果主義から一歩外に出て、自分のためだけに感じたり味わったりする時間をとる 


2) 繊細さを、まずは自分の幸せのために活かす

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 


とあり、HSPとうまく付き合えるよりよくいきるポイントとして述べられていると考えます。


「自分の幸せのために」


とても利己的に私は聴こえてしまいます。


ただ、何事もバランスは大事なので


それを意識するだけでも、色々変わるだろうと思っています。

 

最後まで読んで下さり、ありがとうございました!

 


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依存

【依存】


「自分は“岩手”という世界に“依存”していた」


岩手を離れて2ヶ月ちょっと


仕事に専念しており

人とほとんど会うことなく、良い意味でも悪い意味でも本当にストレスなく暮らしています。

 


そんな中ですが

 


自分の頭のなかには
『依存』というワードが大きく重くのし掛かっています。

 


岩手県に四年間住み、岩手を中心に動いてきて

 


知り合った方々、参加した活動
極端に言えば
思考回路といったところも

 


岩手なものになっていたのではないかと考えています。

 


岩手から神奈川へ移動し

 


関われるコミュニティもなく

無縁の場に来て

ゼロもしくはマイナスからリセットです。

 


何も出来ていない無力な自分を受け入れつつ

どれだけ“岩手”に依存していたか実感しています。

 


こんなことは、自分だけでなく

この中、コロナ渦で
この『依存』がどれほど危険なものか実感した方々は多いのではないでしょうか?

 


インバウンドに頼っていた観光業界に挙げられるように


突然はしごを外され、急降下。

 


“依存”は変化に弱く

依存、変化の度合いが大きいほど

衰退してしまう。

 


そんなことを痛感しております。

仕事上には、大きな影響が及んでいません。

 

 

これは
依存を分散、リスクを分散していた結果です。
具体的に言えば、外国人向けの和牛生産農家と比較すると、明確に違いが出ています。

 


良い意味での“依存”

多角的で幅広く
自分の頼ってよい、信頼してよい、信用のある
人、場所、物を形成していきたいです。

 


より良い未来へ向けて...

 


最後に

もちろんですが、岩手には依存し続けたいです(笑)

 


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言葉

言葉


「言葉の解像度が低くなると、ステレオタイプになりやすくなる、陥りやすくなる」

 

こんな言葉を聴き


携帯にメモしました。


誰が言っていたか?
なぜ、この言葉が出てきたか?


忘れてしまいましたが

この言葉が

「面白いな」
「その通りだな」

と思い、メモしてました。

 

他人から聴いたものであるないに関わらず

自分が発する

もしくは

自分の頭に浮かんでくる


言葉は


他でもなく自分自身を構成する考え、性格に起因します。

 

紹介した言葉にある

以下のように解釈しました。


“言葉の解像度”は

 

ある1つの言葉をどれくらい理解して使っているか?

に尽きると思います。


そして、以下のように
何を理解していることが理解になるか
細分化してみました。

 

①その言葉は今のもの?過去のもの?もしくは新しい?未来?のもの?


②辞書上での意味を知っているか?


③同じような意味のものでも、使い分けが出来ているか?


④その言葉を相手に伝わりやすい言葉に変換できるか?


この中で

ステレオタイプになることに大きく繋がるのは


①その言葉は今のもの?過去のもの?もしくは新しい?未来?のもの?

だと思います。

 

自分の発する言葉が
ホリエモンが言っているような
未来が的確に予測されたものであれば

自分は今、少し先が見えているのかもしれない。


一方、極端に言えば
昭和な考えを今でも発言、主張するひとは正直未来はないです。

 

このように考えが深まりましたが

今ここに記している文章も

同様に自分がどれくらいのポディションにいるかの指標になります。

 

普段から

単純な言葉遣いもそうですが

自分の発している言葉が

どれくらいの『解像度』なのか?

 

注意していきたいと思っています。

 

最後まで読んで下さり、ありがとうございました!

 


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まだ何も生み出せていない

【まだ何も生み出せていない】


現状を客観的に考えてみました


“社会人になった”

 


“まだ誰かに支えられている状態である”

 

自分の力でお金を頂いたという訳ではなく
代わりに稼いでもらったお金を渡してもらっている

 


“『自立』とはまだ程遠い状態”


ある程度の金銭的な余裕、精神的は余裕があるのは

両親などにすべてではないが
支えられているから

 


「本当の自立とは?」

まだ想像できていません

 


もっと考えないと!

 

少子高齢化
年金も将来もらえるかわからないので
国?親?誰か?
に支えてもらえる保証は何処にもない


今回のコロナのように
毎日生活できるという保証もない
最悪生活保護があるとはいえ
そんなのに頼りたくない

 


結局は
自分の身は自分で守る
が究極の選択なんです

 


日進月歩

前へ前へ

前進したい

 


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