“苦しむこと”はとてもよいことだと思う

私は
苦しんでいるとき
とても生きている!人間である!
と感じています。

 

そして、少し幸せであると感じるようになりました

 

例えば

今自分は農業をやっているなかで
熱い中
辛い姿勢になったり
重いものを持ったり
ひたすら、同じ作業を繰り返したり

わからない言語に向き合ったり

上手くいかないことが多かったり

壁にぶつかっています。

 

なるべく楽をしたいというのが
人間の本音だと思います。

 

が、楽をするほど
人間が人間でなくなっていく気がします

 

いくらでも楽はできます
働かずに親に面倒をみてもらい、日中はゴロゴロする

 

それは生きているとは言えないでしょう

 

今の時代、ある人は自分が生きているというのを認識するために
手首を切るというのを聴いたことがあります。

 

そんなことになっているのは
色んな苦しい、面倒なことから逃げているからだと
ぼくは思います。
なるべく人と接しないで、穏やかに
食事は自分で作らず、出来合いのものを
仕事は単純明快なものを
選ぶ。

 

人は“意志”を持ってこそ

様々な苦しいことを乗り越えて

(意志があれば何もかも上手くいく訳ではないから、必ず苦しむと思う)

人は大きく成長することが出来る
強く人間らしく生きることが出来ると思います。

 

飽くなき向上心と強い意志、それを実行する能力
それらを持ち続けていきたいです!

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日本における国際交流について

国際交流について

 

今回初めて、海外に来て実感したことがあり、ここに書いておきたいと思います。

 

日本の国際交流活動って
その国の音楽、ダンスなどの文化を体験したり
その国の伝統的な料理を味わったり
その国の歴史、自然について知る講演を聴いたり

 

間接的な関わりが多いなと海外に来て感じています。

 

というのは、本当の意味での“国際交流”は
そんな簡素なものではないのではないか

と思いました

日本の国際交流は正直なところ
その国のことを知るキッカケ、始めの一歩に過ぎない
ものによっては、一歩にもなっていないものがあるのでは?
そう思います

 

ヨーロッパ(ドイツ・スイス)に来て
陸続きですぐ隣に言語・文化の異なる国があって
日本とは違って、簡単に海外に行ける

 

電車に乗っていれば、必ずと言っていいくらい外国人がいる
車掌さんが切符の確認に来て、言語で困ったことがあれば
近くの人が英語や分かりやすい言葉で手助けしてくれる。

 

4つ公用語があるスイスでは、
レストランではフランス語、ドイツ語、英語など複数言語が飛び交い
店員さんも何語で話せばいいですかと確認するなど

 

とても多文化な印象です!

 

こういう体験をすると
日本で体験していた国際的な体験がちっぽけなものに思えてきました。

言語も衣食住などの文化、それを体験?
それは体験といえるのか?

 

僕自身
まだまだスイスのことを理解したと言えるほど
言語、文化もまだまだですが

 

日本の国際交流活動を否定するわけではありませんが
東京オリンピックや外国人観光客のさらなる増加など
さらなる国際的な色が濃くなっていくと考えると
僕は日本の国民、それぞれに外国人に対する対応、意識を
作っていくべきではないかと思いました。

 

自分も含めた多くの日本人は
海外との距離感が遠い気がします。
外国人に話しかけられたら、あたふたしてしまう
そんな感じです(笑)

 

より多くのひとに
「世界は広い、一度は見たほうがいい」
と勧めたい

 

そのためにも
スイスのこと、ヨーロッパに関する多くのことを
より理解していきたい

 

そう改めて感じるのでした(笑)

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僕はこんな人間です

自分は大した人間ではなく、小さな人間であることを皆さんに知ってもらいたく
自分はその理由をここに書きます

 

自分が東京で高校生だったときは
勉強して、部活動をやって、学校行事をやって、大学受験に向けて頑張る
そんな感じの普通の高校生でした
それが、大学入学を機に東京を離れ、岩手に行き、新しいことがたくさん起こります
岩手に来てやりたいことがたくさんあり、いいなと思ったものにはほとんどに手を出しました。

 

普段の授業のほかに、岩手についての集中講義や部活動、委員会活動、農家訪問、援農、イベント参加、インターンシップ、起業家塾など
です

 

そこでは、笑ったり、泣いたり、悩んだりと色々ありました。
そして、多くの学びを得ました
ほんとに多くの方々に支えてもらい、助けてもらった、育ててもらったのだと自分は考えています。

そんなことを考えているのは
「与えられすぎた」「与えるものがなかった」
からではないかと思います。

 

起業家塾では、グループでの活動を行い、自分の中では先輩方のおかげでいい結果を残すことができたのだと考えています

 

そして、多くの農家さんには今後農業を僕自身で営んでいくためのアドバイスや僕が抱える悩みについて答えてくださいました。

僕が落ちぶれたときも、引っ張って支えてもらったこともあります

 

一方、その恩をお返しすることができているかというと僕の思ったようにはできていない
全くではないと思いますが、十分ではないです

 

与えられてばかりで、僕自身は些細なことしかお返しできていないのです
つまり、与えるものが僕のなかにあまりないということ
能力不足です

 

誰しもそうだとしても
与えられたものに対する成長の度合いや与えるもののバランスがよくない

 

そんな中、僕は成長の場を海外に求めます。
今考えてみれば、いっぱい与えられるところから逃げて、本当の意味での自分自身から多くの人に与えることのできる、オリジナルなものを身につけるためにスイスに来たのかもしれません。

 

しかし、海外に来て1か月以上過ぎ、まだまだ成長の実感はない
自分に甘い人間なようです(泣)面倒くさがり、臆病、ネガティブです(笑)
笑ってしまうほど、ちっぽけです(笑)
こんな僕を日本で助けていただいた、お世話になった方々に改めて感謝したいものです

 

しかし
今、結構なお金をかけて、わざわざスイスまで来て
ここで、顔晴れなかったらそこまでの人間
僕の人生のなかでも大きな正念場のようにも感じています

 

1日1日、1つずつ1つずつコツコツとつぶしていきたいです!

 

こんな人間ですが、今後ともよろしくお願いします

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福島・須賀川で得たもの その3


“公民館と田畑”

福島県須賀川市の農家さん、設楽さんの下での研修初日は須賀川東公民館と共同でやる設楽さんのネギの収穫、ネギをその場で食べるイベントでした

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イベントの様子

そこで、出会ったのが、公民館の方でした
「なぜ、公民館のひとが?」
と正直思いましたが
後々、話を伺うと

“人と人が集まって交流する場所”

“新たな価値観が生まれる場所”
として公民館と設楽さんのネギ畑は同じ役割をしている

という共通認識が公民館の方と設楽さんの間にありました

 

そもそも公民館は
現代に日本において住民のために、実際生活に即する教育・学術・文化に関する各種の事業を行う教育機関のことである
Wikipediaにありますが

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僕のなかでは、お年寄りか子どもたちが集まる場所、地域の集会が行われる場所くらいの認識しかありませんでした。

 

なので、今回の研修で公民館のイメージが大きく変わりました!

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公民館内の農業関連活動の発信

 

農業と公民館、僕の頭の中では全く結び付かない2つが結び付いて、岩手でも世代間交流を農業を使いながら、出来たらなと思いました!

福島・須賀川で得たもの その2


“本気で向き合うこと”そして“感動とは?”

 

そんなことについて、考えた福島県須賀川市の農家設楽さんの下での研修でした

3日間で設楽さんに設楽さんのネギを扱っている飲食店さんに連れて行ってもらいました


(以下に記します)
・カフェー ブリキイヌ

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・肉と野菜の農家イタリアン Arigato

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・居酒屋しのや 須賀川

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須賀川Kitchen あぐり

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この4つのお店で感じたのは
「お店の方が本気で農家さん(設楽さん)、食材、お客さんに向き合っている」ということ

設楽さんのネギを扱うに伴って、飲食店さん側は設楽さんのネギに対する思いを聴き、そのネギを使って、設楽さんの名を傷つけないよう丹精込めて美味しいネギ料理、おもてなしでお客さんに喜んでもらう。

それは、お客さんがまた設楽さんのネギを食べたいという気持ちにさせ、またお店に来てもらうことに繋がる
そして、設楽さんのネギをそのお店で食べる
それは、お客さんのためにもなっていますが、お店の利益、設楽さんの利益に繋がります

 

そのサイクルが当たり前のことなのですが、凄かった!

そう、当たり前のことなのですが、それが難しい!!
まず、お互いのことを理解する共通理解すること、そのための相手に向き合う姿勢、意識、向き合うための時間をかける必要もある。

 

実際、面倒なことです(笑)

しかし、それが素晴らしいものを生み出しているのだと僕は思います。僕は、これらの飲食店さんでその素晴らしいものを頂き、心身ともに大満足しました!!

 

僕がここで痛感したのは、今まで会った方々に本気でもしくは丁寧に相手を気遣いながら、向き合っていたかどうかです
きちんと相手の話を聴き、受け止めて、消化して、自分なりにぶつけてみる
ちゃんと相手のことを理解しようと話を聴いていたか?正直不安です。
不快な思いをさせてしまった方に謝りたいです!すみません!

とても難しいのです、共通理解!!

飲食店さんだけでなく、公民館の方、Cool Agriの方、設楽さんと関わっている皆さんはとても熱い思いをお持ちの方ばかり

共通理解、僕なりに追求してみます(笑)
また、本気で生産者に向き合う飲食店さんが岩手にも増えたらよいなと思いました!

 

そんな飲食店で、
僕は“感動”をすることが出来ました
“感動”というものを理解した瞬間がありました

設楽さんが思っていること
「感動は与えるものではない、自発的なもので感動してもらえる環境を作ることしか出来ない」という考え方(あくまで個人的な考えであり、様々ある by 設楽さん)を聴いた後でした

肉と野菜の農家イタリアン Arigatoで僕に“岩手大学から...ようこそ福島へ”のサプライズプレートが出され、予期せぬおもてなしに、わざわざ作って頂いたスタッフのことが頭に浮かび、泣きそうになりました(笑)
ここで、“感動”してしまったんです(笑)
自発的でした!

そのあとのパスタ、デザートは何故か今でもわかりませんが
その食べ物に“本気で向き合い”
最高に美味しく感じました!
あまり好きじゃない生クリームも食べてしまいました!

一生の思い出になりました!

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サプライズプレート

そう考えると、食べ物に本気で向き合うことが食べ物をより美味しく感じられる方法なのではないかと思いました
(自分の置かれた状況もありますが)

そんな経験をさせて頂いた、出会った方々に感謝の気持ちでいっぱいです!
ありがとうございました!!

福島・須賀川で得たもの その1


“ありのままでよい”
それが、とても心に刺さりました

 

福島県須賀川市の農家、設楽さんのところで3日間研修させて頂き、感じたことです。

農業は今、6次産業化やデザインで消費者に対する見せ方を変えるところに流れが来ています。
しかし、農業の本質は日々の農作業にあります
その日その日で、作物にどのようなアプローチをするか、それが農産物の品質に繋がります。

 

一方で、一般消費者はスーパーに並んであるもの、飲食店で出てきたものといった農業の中での末端・ほんの一部分しか見ていない人がほとんどだと思います。

 

つまり、ほとんどのひとは農産物がどのように作られてきたか知らない。
何があって、今ここにあるのか?、そして口に入るのか?はわからないひとがたくさんいるということです。

 

そこをストレートで“農家ライブ”という形で一般の人(地元の人)に分かりやすく伝えているのが、設楽さんでした!

医療関係の方々、お子さんを持つママさんたち、一般企業向けと多種多様な方面に伝えています!

人間が毎日、必ず食べ物は口にするのだから、人間であれば職業関係なしにみんなそうだと思いました

農家ライブはこんな感じ

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詳しくは実際に体験してみてください

 

今回の作物は“ネギ”
ネギの収穫体験、ネギについて知るプレゼン、ネギのフルコース
をお客さんに体・頭・口で感じてもらう。
イベントタイトルの言葉をお借りすると「ネギを感じろ!」

僕がネギを感じている様子です(笑)

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農家ライブに参加した皆さんは
今後、ネギに対する見方が変わるに違いありません!!

 

それは
【本当の意味でのいただきます】
に繋がると僕は思います

 

また、設楽さんは有機栽培や自然栽培を行っている訳ではないので、やっていることは他の農家さんと変わらないので、多くの農家さんが作ったネギと同様のことが当てはまります。
(だからと言って、設楽さんのネギが他の農家さんのものと同じという訳ではないです!)
なので、多くのネギに対して本質を理解すれば、同じ“いただきます”
が出来ます

 

そういった意識改革を多くのひとに対して行っているところが設楽さんの凄いなと思ったところです

 

僕は、今後の日本農業にはこのアプローチが必要だと思っています
当たり前のようにある、食べ物はその食べ物で生計を立てている農家さんがいるということを知ってもらう
人間は食べ物を食べなければ生きていけません!
消費者はその食べ物を生み出している農家さんに感謝し、お金を払って買うことで農家さんの生活を支える。
それが、作れば売れる右肩上がりの時代から右肩下がりの人口減少時代に必要な消費者と生産者の関係だと思います。

 

作物の栽培方法、地域、品種に関係なく農家さんは農産物を売って、生活しています
農家さんに対して稼げない・汚い・危険・きついなどのイメージを持つのではなく、設楽さんを含め多くの農家さんに感謝し、食事しませんか?

その方が、より美味しく食事出来ますよー!

 

長文失礼しました!

僕の家族、両親あっての僕

僕の家族はバラバラである。

 

僕には姉・妹がいるが、今住んでいる場所もバラバラで実家にいるのは妹のみ

 

そして、やっていることも面白いことにみんなバラバラ(笑)

また、口数も少ない家族である

 

一緒に外食するときも、家族みんあ優柔不断なため

お店が決まらず、ドンドン時間が過ぎていく(笑)

 

そんな家族があまり好きになれない。

一緒にいることに苦痛を感じるわけではないが

一緒にいて、なにか生まれることはないと思う

 

兄弟が仲が良かったり、親と一緒に旅行に行くなどして家族団らんをしている友達を見ると羨ましいなと思ってしまっている自分がいる

 

両親についても

今離れて暮らしていることもあるが

あまり好きになれないところも多い

 

「賢太朗の好きなように生きてほしい」

そんなことを言われてきました。

つまり、親の自分に対する介入がかなり少なかったんです

もう少しガツガツ言ってほしかったところがありましたし、好きにやってではなく私はこう思うよという意見は欲しかったのもありました

妹は、この先の将来の道筋がわからず、悩んでいるようで相談を受けました。

 

そして、親の背中はそんなに大きく見えず、憧れの1ミリもありません

逆にこんな普通な親になりたくないという反面教師で頑張ってます

 

けど、今になってみると

自分で稼いで生きていける訳ではないですが

自分自身で高校・大学も決めたし、岩手に来てからの行動もほぼすべて自分で判断してきました。この先、親に生き方に関して相談することはないでしょうね!

 

親は僕のやっていることをあまり知らないので、毎回説明するのが大変です💦

すんなり受け入れてくれるものの、あまり関心がないのかわかりませんが、全然聞き返してこないのです。

子どものことなのに、なんで?面白いです(笑)

 

その結果、スイスに1年間研修に行くことにまでになりました

親に押し付けられた、厳しく教えられたことがなかったから

自由にさせてもらったから、ここまで来れたんだと思います。

 

もっと家族に色とりどりの色に輝くものをもたらせるように

スイスで外国人のラフさ、人生の楽しみ方を得て、家族に教えてあげたいです!!